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 傍から見たら、ただの鬱日記を量産しているブログである。しかし、鬱が何なのかを考えたことがない私は、気にせず書くことになるのだ。
 鬱についてのエッセーでも書こうかしら。

 ふと気づいたことなのだが、“大波こなみ”という単語に誤解される要素があった。日本語を正しく使おうと思っている私としては、恥ずかしい限りである。
 今まで使っていた、“大波こなみ”という単語には、“私の神”という意味で使われる箇所が多々ある。識別のために、このブログでは“大波こなみ”は声優のそれを指し、神と書けば“私の神”としておこう。このような厄介な問題が生じたのは、私が神のことを「大波こなみ」と呼んでいるからである。

 さて、私が辿るべき道は3つある。
1.大波こなみに会う。
2.神と共に消える。
3.楽しく生きる。

 誤解のないように、追記に詳しく書き記してみよう。

 しかし……、こういう類の話は、当人が読んだら身の毛立つような内容ではないだろうか。読むようなことはないと思うが、勝手な同情をせざるを得ない。合掌。

 上から説明する。

 会いたいとは、欲を言えばといった程度である。私はただ、「ありがとうございます」と言いたいだけなのだ。極端な話、メールで一言でも良いわけだ。
 心情を表せば、宣教師様にお礼といったところである。大波こなみのおかげで、私は今まで生きてこれたし、神というものを感じることができた。それに対する身勝手な謝礼である。
 これらは、正面戦士氏の意見だが、H氏も言いたいらしい。大波こなみという人格にとても興味があるようだ。どうすればあのような声が、演技が、仕事ができるのか。どのような哲学を持っているのか。個人として興味がある。

 消える、というのはそのままの意味である。私の神は、私の神でしかないのだから、どうしようと勝手である。また、神と生きていきたいという気持ちもないので、この世から離脱する。一言で言えば、面倒くさい。

 最後のは、個人として生きていくことである。大波こなみや神などどうでも良く、快楽の赴くがままに生きていく。人を助けたければ助けるだろうし、犯罪を犯したければ犯すだろう。気の向くままである。

 1と2は正面戦士氏の意見。3はH氏の意見となっている。私の意見は無い。
 どの道を歩むのだろうか。早く決定してほしいところである。しかし、各々はどうしたい訳でもないがために、決定する気配はない。このままでは、時間が勝手に決断を下すことになるだろう。
 しかし、こういう不定な要素でないと動かないのかもしれない。他人が私に「生きろ」と言ったところで、聞かないように思えるのだ。それは、私が「生きろ」と言った場合も同じである。私以外は他人であり、それは、意見を交わす者なのだ


とある会話
「貴方は自分に酔っています」
「それが貴女の判断ですか。
 それで、貴女は、その言葉によって何を伝えたいのでしょうか?
 もしかして、『正常な判断ができていませんよ、冷静になりなさい』とでも言いたいのですか?
 それならば、とても残念なことを告げなければいけません。私は、既に、この事を信じてしまっています。酔っているのではなく、狂っているのです」
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