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 宗教についてかじる、というより味見程度の知識を得て、東方Projectの魔法使いと連想をした。これから述べることは、どこまでも素人考えであり、かつ私の願望が込められている。

 政治的、社会的な視点は、ある程度排除している。また、考え方(あるいは視点や捉え方)という意味で、宗教と哲学を同列に捉えている。

 世界には数多くの宗教がある。ユダヤ教、キリスト教、イスラーム、仏教など。哲学にも様々な分派がある。ミレトス学派やストア学派など。これらは、どう生きるべきか、どうすれば救われるかの指針を示すものだ。指針とは、例えば、禁欲しろというものや、快楽を求めろというものがある。
 どう生きるべきか。それを宗教や哲学はある程度語ってくれる。しかしそれは、言葉や行動であるがゆえに、万人に100%伝わるものではない。神に祈りなさいと言われても、どういうのが祈りなのか、どう祈るのか、人によって違うだろう。抽象的な、または普遍的な『祈り』はあるだろうが、やはりどこかはオリジナルになるだろう。オリジナルなのは、例えば、膝の角度かもしれないし、呼吸の仕方や祈る内容になるだろう。

 教えによってゴールは違う。神による救済だとか、輪廻から外れるとか、何かを悟るとか、それぞれである。これは個人が何を求めているか、どこにたどり着きたいのかということだと考えられる。善く生きることがゴールだと思う人もいれば、解脱がゴールと思う人もいるだろう。
※ゴールといっても、終着という意味より目標の意味が濃い。その先を想像できないから、とりあえずゴールと書いた。


 どこが魔法使いの話やねん。
 実は、今回は捨虫の魔法の話だ。捨虫の魔法とは、『自分の成長を止める』ことである。これをすることで、『長命の完全な魔法使い』になるらしい(by阿求)。おそらく、一般的な魔法使いというのは長命なのだろう。

 いつかどこかで見たうろ覚えの情報。捨虫というのは、体内に住んでいる虫を捨てることである。その住んでいる虫というのは、寝ている間に体から抜け出し神様に日頃の行いなどを報告する虫である。
参考(三尸) だいたい合ってるかな。

 この考え方は道教の考え方のようだ。ならば、魔法使いは全員道教のものなのか? そんなことはないと考える。最初に見つけた人(または影響力のある人)が捨虫という方法を用い、それが呼称となる。こんな魔法だよ、と説明するためだけに捨虫の魔法と名づけられたのだ。
 思うに、捨虫の魔法というのは、一定の、画一的な魔法ではない。効果は成長を止めることだが、方法自体は個人によるのではないか。

 そう思う理由は2つ。
 1つは、最初に述べた宗教・哲学の話、『人によって救われる方法は違う』。捨虫の元祖である道教も宗教だ。救われなければ捨虫の魔法は使えないという意味ではなく、何らかの精神状態にならないと使えないのだ。
 2つは、捨虫の魔法は『自分にしか使えない』こと。対象が自分だけというのは、ゲームなどでは普通だが、実際に技術として魔法を使うとした場合、不思議ではないだろうか。これを私は、『捨虫の魔法に必要な状態であるかは自分でしか判断できない』と捉えた。


 そうそう、書いていて気づいたけど捨虫は阿求の記述ってことを忘れてた。阿求が魔法使いは捨虫をしていると認識しているだけの可能性がある。つまり、捨虫と読んでいるのはあくまで阿求であって、アリスやパチュリーの捨虫の魔法は別の名前かもしれない。そもそも、捨虫の魔法というものを知らない可能性もある。

 俺……捨虫の魔法を使用してルーミアと末永く一緒に暮らすんだ……。
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