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 思考の視野が広いということは、たぶん良いことだ。視野の広さ故に考える時間が長かったり、選択を誤る可能性が増えたり、これらはデメリットと思われることもあるが、視野の広さとは別問題といえる。
 反省は大事な機能だ。反省をしなければ、全ての事柄を直感だけですすめることになる。ただ、個人の能力次第では良い結果を導くだろう。私には合わない方法だから批判的に表現したが、悪いことではない。

 視野の広さとは、すなわち反省の数である。ある事柄を判断し、その評価が正しいかと反省し、別の判断をする。この反省をするには様々な視点が必要になる。できるだけ多くの視点を抱えたいものだ。

 視点を多くするにはどうすれば良いだろう。幾つか想像はつくのだが、実行はできていない。

 話は変わるが、天才というものについて。

 直感と反省の繰り返し、反省の回数で視野が広がっていく。私の場合、これは会話で成り立っている。表現してみると、
「これはこうかな。君はどう思う?」
「いや、こうかもよ」
「ああ、それもあるか。ならこれもあるね。そっちはどう?」
「おおよそ賛成かな。ただ、これは少し違うと思う」
「なるほどねぇ」
 といった感じである。ただ、同時に発言はできない。発言権は常に一人なのだ。

 想像するに、同時に発言できる人もいるだろう。表現してみると、
「これはこうだ」「これはああだ」
「これはそうだ」「これはこれね」
 といった感じである。アンケートのように、意見をひたすら取り入れる。視点を同時に展開することができる。

 同時展開も1つの天才だと私は思う。できるならばお眼にかかりたいものだ。
 どうでもいい話。この天才を思いついたのは、『真賀田四季』の影響が強いと思う。
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06/25|エッセーコメント(0)トラックバック(0)TOP↑
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