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 つくづく思うこと。集中は私の最大の敵である。例えば、ゲームを少しだけプレイしようと思っていたのに、夜更かししてしまう。これは、自制が出来ていないと一蹴されるだろうか。では、仕事を集中してやる、だとどうだろう。これも、自制が出来ていないと一蹴されるのか。1つ目の例は、理性が望んでいないもの。2つ目の例は、理性が望んでいるものだ、と否定する人がいるかもしれないが、価値観はそれぞれである。どちらも同じだ、という視点もあるのだ。
 集中は良い響きがある。上記の表現だと誤解を招きやすそうだ。私が思っている集中は意味が違うかな、と思い辞書を引いてみると、どうも夢中が当てはまるように思える。つまり、「夢中になるな」と私は言いたい。集中と夢中の違いは後ほど。

 何かを成そうと集中するのは結構なことだ。夢中にやったとしても、結果は出る。手法としての集中や夢中は認める。ただ、1つのモノを見つめて作業をすると、視野が狭くなるのだ。
 私の場合は特に顕著だ。目標の為にどうすれば良いか、ということだけを考えてしまうから、予測や観察などがほとんど働かない。視野を広げた方が良い理由については、私がそう信じているとしておこう。

 集中していても、色んなことを考えられる人はいるだろう。複数の作業を同時に集中できる人もいるだろう。そう成りたいと考え、1つの集中を持続するよりも、短時間でも良いからいろんな作業に集中することにした。例えば、1つのゲームを一時間やるより、2のゲームを20分ずつ、休憩を挟みながらやるのだ。


「夢中になるな」と書いておいて、結局集中と表現している理由を書こう。これは、集中と夢中の違いの説明も含む。
 集中は『する』ものだ。そして、夢中は『なる』ものだ。「集中になる」、「夢中する」、こう表現すると違和感を覚える。つまり、集中は能動的で、夢中は受動的ということだと思う。あえて夢中を『する』場合、他者の状態を変化させたと読める(夢中にする)。集中も同様。
 集中と表現している理由はこれだ。「夢中になる」状態でも能動的な場合は、集中だと思う。では、なぜ「夢中」と感じてしまうのか。これは、客観的な自分が評価しているからだ。なぜなら、夢中になっている最中は、主観が働いていないのだから、客観的な自分が評価をするしかない。
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