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 小説を書くにあたって、一番のネックがキャラクタの会話で、次が行動です。他の要素、地の文やシナリオ構成などは、練習次第で何とかなると思われるので、そういう点では問題にはなりません。

 私は、小説や小話で会話を書くとき、キャラクタに話させています。でも、これでは駄目だと考えています。
『話させる』とはどういうことか。プロットの流れに沿うように書く、または、話させたい内容を書くわけです。例えば、パロディとして名シーンを東方キャラクタに演じてもらう。これは、だいたい『話させる』ことになります(100%ではない)。
 これの何が駄目なのか。それは、多分に『私』が混入することにあります。このキャラクタならこう話す・返すだろう、こういう行動を取るだろう。そう考えること自体は良いのですが、あくまでこれらは、『私』の観察による結果なのです。

 では、理想はどうなのか。観察ではなく演技によって、書くのではなく描くのが、理想と考えます。つまり、表現自体はさきと似ていますが、こいつはこう考えるだろう、だからこうするだろう、と考えるわけです。

 言葉から始まるのか、キャラクタから始まるのか。
 話から始まるのか、心から始まるのか。
 ただただ日常生活を描きたいという願望は、ここから来ているのかもしれない。

 登場人物の人格を作る。トレースする。これが出来ないことには、私は小説を描けません。
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04/30|エッセーコメント(0)トラックバック(0)TOP↑
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