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 私は、『甘え』という言葉の意味を、さっぱり知りませんでした。他人に言われても、「これが甘えなのか。どういう意味なのだろう」、と首を傾げるばかりです。
 疑問に思うだけで、問いかけることはありません。この、『問いかけない』感情の方が気になりますが、今は置いておきます。力不足的な意味で。

 甘えとは――
  人の好意や親切を期待すること。

 人は言います、「甘えるな」と。しかし、『甘える』事自体が悪いことではありません。「お言葉に甘えて」という言葉があるように、相手の好意(厚意)を受け入れることも大事です。
 では、どういう場面で甘えてはいけないのでしょうか。ぱっと思いついた使用場面は、引きこもりやうつ病の人にそうでない人が言ったり、仕事に嘆いている部下に上司や同僚が言ったりです。
 つまり、「甘えるな」と言う人は、「俺はできているからお前もできる」、もしくは、「これが普通だからこうしろ」と言いたいように見えます。これらはあくまで私のイメージなのですが、押し付けるような言葉だと感じます。人間は一人一人違うものです。極論ですが、手が無い人に「飯を食べるには箸を持て」、なんて言う人は居ないでしょう。

 ただ、相手が同じ造形をしているように見えると、自分を投影しがちです。ようは、人間は主観でしか物を語れません。相手をろくに理解していないにも関わらず、「甘えるな」と言う前に、好意を見せてから判断するのも良いかと思います。
 手段としての、突き放す意味での「甘えるな」なら、私は肯定するでしょう。

 ここからが、私の本題。
 私が「甘えるな」と言われる例に、「ある程度どうにかできなくなったら死ねば良いじゃん」と発言した場合があります。この場合の「甘えるな」。何を言いたいのでしょうか。もしかして、「どうにかできなくなって死ぬ前に助けろ」と受け取られているのでしょうか。その場合、自意識過剰による意識のすれ違いです。また、なぜか、「私は一人で生きている」という意味に受け取る人もいますが、そのようなおこがましいつもりは、あまりありません。
 私の発言を無気力と取られるかもしれませんが、私だって特別死にたい訳ではないので、ある程度は足掻きます。でも、特別生きたい訳でもないので、面倒くさくなったら諦めます。これは、表明するかしないか、どこにラインを引くかの差はあれど、誰もが同じだと思います(足掻くと諦めの部分が)。

 どこが甘えなのだろう?
 こういう会話に付き合いたくないけど、私はお前の為に付き合っているんだぞ。そう言いたいのなら判りますが、その場合、嫌になったら会話を止めれば良いだけの話です。それこそ、「甘えるな」です。


 考えてみても、まだよく判りませんでした。
 あ、一応、前回の記事の続きです。本当は前回書こうとしたのですが、話が逸れそうだったので別記事にしました。
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