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「そんなもの当たらないのは当然だろう」、というある種の思考停止さんには縁がない話かもしれません。しかしそういう人を馬鹿にしているわけではない。むしろ尊敬していますが額面にはそう見えないかもしれません。
 そもそも、全くの無駄でしかないお話なのですから。

 1等の確率が『1/6,096,454』らしいです。このおよそ600万分の1という可能性は決して低いようには見えません。「じゃあお前コイン投げて20回ぐらい連続で表か裏だけ出してみろよ」、とか言われても無理ですが、低くは見えないという話です。
 そもそも、私たちが生きているこの現実が奇跡的なものです。人間というテンプレートに従ったら、『生きている』と実感できるものが出来ているだけなのかもしれませんが、「今現在の自分に成る確率がどれぐらいだ」と考えてもみてください。少し早く目覚めてみた、ラーメンではなくチャーハンを頼んでみた、右足を少し高く上げて歩いてみた、可能性は様々です。少しの因果で動く人生の可能性は、軽く無限大に到達するでしょう。
 このような奇跡的な確率の真っ只中に在るというのに、たったの600万分の1を当てられないのはなぜだろうか。これに対して1つの解答が浮かんだので、ご紹介。

 まず、宝くじには“当たり”と“外れ”があります。“当たり”は600万分の1という絶対的な1つですが、“外れ”は色々な“外れ”があります。完全に外れなものから当たりそうな外れというものもある、と考えれば判りやすいかもしれません。
 これを踏まえた上で、自分の人生について見てみましょう。数多い“外れ”の中の1つではありませんか? 更に言うと、“当たり”とは何でしょうか。自分の人生とは様々な可能性を蹴り飛ばして出来た結果が、今、在るだけです。

 人間に過去も未来も存在しません。「過去を通ったから今が在る」、とはよく言われますが、そんなものは脳内にしかないという意味で、無にも等しいものです。未来も脳に描く程度で無と等しいです。


 ずっと、「なんで当たらないんだろう」と疑問を持っていた私は時間があればロト6を買っていました。疑問に対して、とりあえずの決着がついてしまったわけなので、改めて買い続けるか買わないかを考えてみたところ、買わないことにしました。もちろん、上記の疑問が故に買い続けていた私は、確率的に損するとかしないとかは視野に入れていません。当たるなら当たるし、外れるなら外れるという考えは未だに変わっていません。
 買う、買わない、という選択肢の重要ポイントを、人生の期待値として捉えようと直感したので、それに従っただけです。

 そもそも、お金が欲しい、宝くじを当てたいのはなぜでしょうか。普通は、楽がしたい、とか答えるのでしょうか。私は、私の人生の目的を手っ取り早く果たすために、お金が欲しいと願いました。しかしその目的は、なにも宝くじのような膨大なお金だけで解決できる道ではありません。
 それならば、不確定なものより、期待できる自分の人生に、週200円ばかりをBETしていこうかと考えたわけです。
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02/25|エッセーコメント(0)トラックバック(0)TOP↑
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