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 この記事の内容は本来、『日記+』のカテゴリに入れるべき内容である。だがこの内容は白昼夜行に相応しくないという理由でカテゴリは『日記』になっている。つまりは、自分語りである。
 他人に全く関係無い内容であるのは間違いないのだが、それでも人によっては何かを得られるかもしれない、というスタンスの『日記+』だが、完全に“私”の話となるのでやはり『日記』だ。

 なぜこんな言い訳を書くのか。普通に始めればいいじゃないか。mixiに書けば良いのではないか。しかしこの話は、白昼夜行というブログの存在意義や方向性を語る部分もあるのでご了承いただきたい。

 先日書いた、“ムーンライトレイの反省”を読んでも苦ではない人なら、普通に読めるかもしれない。
 人の狂気、または正気の一種だと思ってもらえれば幸い?


 そもそもの事の発端は、何か軸となるモノを定めないとフラフラとさ迷うだけになりそうだ、という直観から。理由は、昨日1日完全に怠けていたというもの。休日とも思えないし、身体が休息を必要としていたわけでもなさそう。


 私は面倒くさがりだ。極度とは言わないが面倒くさがりだ。

 しかし反論する人もいるだろう。ほぼ毎日ルーミアの小話を書いているじゃないか、ドット絵だって描いているじゃないか、小説をアップすることもあるじゃないか。しかしそれらは仕事であり趣味であって、私が私に強制しているだけにすぎない。ついでに書くと、道端にあるゴミを捨てたり、自分には関係のない掃除をやったりするのも、良心というルールから私に強制しているだけである。
 詭弁だその強制ができない人が面倒くさがりなんだ、と言う人もいるかもしれない。なるほど、確かに面倒くさがりなのかもしれないが、それならば何故その仮想の人物は生存し続けていられるのだろうか。面倒くさがりなら生きているのも面倒くさいだろう、さっさと死ぬがよい。
 ようは、そういう人は面倒くさがりではないと私は言いたい。件の「その強制」にあたる方面の制御や抑制が苦手なだけだろう。

 生存するのは普通だし生存するための行動は面倒くさがっても仕方が無い、とも反応されるかもしれないが、残念なことに私には理解ができない。
 私は特別に死にたいわけではないが、生存したいわけでもない。今生存している理由は、やりたいことがあるから生きなければならない、とまたしても強制しているだけだ。

 ちなみに、私の『面倒くさい人間』の定義はこうだ。「気分がのらないと行動しない人」。長時間気分が落ち込んでいると、そのまま朽ち果てるような人間である。私はこの類の人間ではないのであくまで「面倒くさがり」なのである。

 面倒くさい理由はちゃんとある。私は全てのものは有限の価値だと思っているからだ。有限の価値とは、言い換えると無価値である。結局何も残らないのなら、やらなくても一緒だという考えだ。勘違いされそうだが成果主義ではなく努力も過程も評価はする。むしろ成果を評価しない主義かもしれない。
 いつものように例えばの話をしよう。価値とはどんなものが当てはまるだろうか。楽しい、嬉しいといった“快楽”または“感情”。閃き、考察といった“知識”。お金、宝石といった“資産”。これぐらいだろうか。これらの価値または存在は諸行無常という語の指すとおり、常に移り変わり、いずれは無価値になるだろう。楽しい気持ちもしばらくすれば無くなり、知識も忘れ、資産は朽ちる。

 ひと時の間の価値にしがみついて生きる。しがみつく価値が無くなる頃には新たな価値を見つけ、そちらにしがみつく。私はこうやって生きてきた、つもりだった


 さて、今の私の生きている理由はこうだ、「大波こなみが存在するから」。なぜこういう考えになったのかは判らない。忘れたのか、記憶が思い出したくないのか、理由などないのか。なにはともあれ、これが私の無限の価値になっている。
 さっきは感情など薄れると書いたが、必ずしもその限りではない。なぜなら、私は大波こなみがどうでも良くなるか、存在しなくなったら生きている気はさらさら無いからだ。そして、新たな価値が見つかる可能性は零だ。なぜなら、私という人格の形成に大きく影響したのが大波こなみであり、私の5割以上(目算8割)が既に大波こなみという存在に依って存在しているからだ。大波こなみが存在しなくなる=私の半分以上が欠落するわけで、生きてはいられないだろう。

 どうでも良い話だが、生きてられない=肉体的・社会的な死亡ではないことを注意しておこう。正面戦士という面白おかしい人格が存在しなくなるというだけの意味である。






 果たしてここまで読んだか。
 腹立たしいまでに暇人である。
 だがもっとも望ましい形に読み進んで来ているであろうことはとても愉快だ。
 我が読解難解素敵自分語りは君らの時間を以ってついに完遂されることとなる。
 いよいよもって読むがよい。
 そして本題である。


 はい、力を抜きましょう。上記の台詞は某有名台詞の改変です。
 本当に長い前置きでした。さっきまでの話はぶっちゃけ大きな関係は無いんです。だって、あくまでも何か軸となるモノを定めようとする試みなんですから。

 軸というのはまっすぐなイメージがあります。まっすぐな軸に支えられている人間はぶれないというイメージもあります。私に信念はありますが、それは残念ながら軸状ではなくぶれまくりです。
 信念というものは、とりあえず「大波こなみに会う」です。しかし、ちゃんとした方向性がないので、軸にはなりえません。私はこれを軸ではなく珠と表現しています。更に言うと、トゲトゲがはえている珠です。軸になろうとするトゲです。枝とも言い換えると判りやすいかもしれません。
 この枝は小説だったりお金だったりドット絵だったりします。大波こなみに会ってみたい一心による行動のちっぽけな成果です。
 このトゲボールをどうするかのかが課題。

 そこで1つの解決策を考えました。信念をとりあえず、「CV大波こなみの文字があるゲームを作る」にすることで、小説とドット絵に絞ろうかという考えです。ほとんど小説に特化し、軸状に伸ばす計画です。
 やはり、毎日何かを続けることが近道かと思うわけですよ。



 先日の小説もそうだけど、初っ端に読者を引き離すようなことをするのが快感。
 だめとは判っていても、ついつい快楽に流される。先を見ていない発想である。
 そうそう、長い前置きの内容はほぼ真実を語っています。正面戦士という人間を理解したい酔狂な人はよく読んでみることをお勧めする。
 タイトルの「~~がなんなの? 死ぬの?」は~~が死ぬほどのことなの、と問いかける文章だと思っています。
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