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 先日書いた、“生と死の境界”の続編だったり違ったり。カテゴリが『東方』ではなく『ルーミア』なのはなぜかって? え、聞いてない? まぁまぁ、最後まで読もうよ。
 どうでも良いことついでに書きますが、紫って境界を操りまくるイメージがあったけど、「~と~の境界」と名づけられたスペルカードの割合は精々3割ぐらいだった。これから何を思うかは人それぞれ……。

 前回は、生も死も違わないじゃないか、みたいな話を書いた。これはある意味当然のこととも言える。人間は想像する生き物だから、自分を生きていると思っているが、人間の考える部分である脳、いわゆる身体は物である。死んでも生活していないだけで、肉や骨は残り自然に戻る。
 これはあくまで現実的に見た現象だけの話で、俗に言う『魂』はどうなるか、ということになる。そもそも、『脳』が思考しているのか、『魂』が思考しているのかなんて、当然私には判らない問題だが、幻想郷ではそれは解決される。輪廻転生が存在するからだ。身体と似たように、魂も自然に成り、そしてまた現世に成る。身体と同じじゃないところは、魂は自然が先か現世が先か判らないところだろうか。
 さて、輪廻転生するわりには、「咲夜さんが死んでも霊になって紅魔館でメイド長してそう」という考えは消えない。これは何故だろうか(キャラ贔屓だとか言わない)。

 急な話だが、常世の国というのがある。常に変わらない、永久不変の国のことだ。それは転ずると、死者の国、黄泉の国、冥土となる。その常世はどこにあるかというと、海の彼方にある。なぜ海の彼方にあるかなんてことは知らない。想像するに、日本は島国だからとか海は流れるものの最終地点だからとか、とりあえず、そういう考えがある。
 幻想郷には海が無い。つまり、常世が無い。三途の川や冥界は存在するが、前者は渡らなければ良いし、後者は幽々子の力によらないと逝けない。死しても現世に残ることを可能そうだ。
「幻想郷は全てを受け入れるのよ。それはそれは残酷な話ですわ」、受け入れるという言葉から、外から内に向かいいれる場合を指してると思ってたけど、内部のことも受け入れると取るべきだろうか。


 死者の世界って空の彼方にあると思ってた少年時代。日本がグローバル化したからだろうか、などと想像する現在。

「常世」は「常夜」
「黄泉」は「闇」の転
常世の管理人ルーミア

なーんて……。
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02/18|ルーミアコメント(0)トラックバック(0)TOP↑
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