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 ムーンライトレイ.gifの改造作業が思ったより長引きました。きづけば、もう16時です。
 そして今日も東方の記事ではない……。東方記事が書きたいけど、東方はいつでも書けるから後回しになりがちです。


 昨日は暖かく陽気な日だった。そのおかげか、心にはゆとりがあり、うっかりと老人と話すことになった。
 川沿いの小さな公園のようなところで、道行くカラスがハシボソかハシブトかが気になり、自転車を止めた。すると、カラスと猫が餌の取り合いをしているではないか。面白いので観察していると、「猫とカラスが争ってますな」と老人が遠慮がちに声をかけてきたのだ。


 独り言ではなく、はっきりと声をかけるわけでもない。少しの照れが混じったようなはにかみと共に、老人が視界に現れた。自分の孫ぐらいの年齢(そのご老人は70歳以上の方だった)の人に声をかけるのが恥ずかしいのだろう。老人を嫌っていたり、話すのが苦手な若者が多いことからかもしれない。
 こんなことを書いているが、私は老人が好きではない。というより、基本的に他人という存在が好きではない。人間とは面白い生き物だ、と思っていなければ誰が人付き合いなど進んでするものか。
 そんなスタンスを持っているかもしれない私なのだが、陽気だったので、カラスに対する講釈をたれていた。陽気じゃなくても、他人を一目で判断するのは間違っているのだが、それなりに忙しい立場ではあるので、外れの確率が高い道行く他人と話すのは良しと評価できない。

 しかし、この見解は少し間違っていたと言わざるを得ない。考えてみれば当然のことである。確かに、ただの道行く人々と話すのは楽しいことではないだろう。話しかけられる人も、道を行っているのだから、目的を邪魔されれば煩わしいことになる。
 だけども、老人はどうか。老人とは考える者であり、その面で私と同一である。そして、住民の憩いの場のような場所に訪れる老人はどうか。考えを吐き出したい者ではないのか。
 もちろん、人恋しさで訪れる人や、雑踏から逃げ出してきた人もいるだろうが、語り合いたいという人間も確かに存在する。少なくとも、今日話した老人とは、下手な同世代の人間と話すよりも遥かに有意義な時間を送ることができた。

 自分のお爺さんお婆さんとお話したいところだけども、とある事情から非常に難しい。両親も同様。
 だから、両親やお爺さんお婆さんがまだご健在の人は、大事にした方がお得かもしれない。
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