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 日記だけど内容はエッセーなので、比較的普通に書きます。

 なにから書こうかしら。反省点からいきましょうか。
 予想以上に訪問者がいました。配布に挑戦する人も多かったです。これは、私が他人をなめていた、ということでしょう。その理由はこうです。このイベントに参加するには、『ゲーム内告知を読む→検索サイトで白昼夜行を探す→三国ヒーローズ用記事を読む→何らかの形で私にアクセスする』、これだけの最低条件があります。私なら、たぶん、こんな面倒くさいことしません。
 想定以上の収穫がありました。しかし、処理能力を超えていたのも事実で、完全に把握・確保できていません。何らかの形で情報の入手を制御することが必要だろうと思います。
 配布対象者が決まり、無事取引が終了。この時点で、配布希望の品は売却希望に移す予定だったのですが、配布対象者が複数出てしまいました。三人(もしくは四人)が、それぞれ違うモノを希望されたので、全員を配布対象者にしてしまいました。全員分配布するまで売却希望に移動ができません。
 これらの事態は、会話を複数人と同時進行することによって、私の疲労が普段ありえないスピードで溜まり、正常な判断がつかなかったのだと考えられます。

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05/30|日記コメント(0)トラックバック(0)TOP↑
 27日だ。ルーミアだ。ルーミアだー。うわー、暗いよー、逃げろー。

 闇ってどうやって作るんでしょう。3つあると考えます。
(1、光る要素を無くす。何らかの光る要素を取り除く方法。(2、暗くなる要素を置く。暗黒球的なもので光を上塗りする方法。正しくは、光をすごく吸収する物質の放出、だろうか。(3、暗く見えるよう惑わす。催眠術から黒いカーテンなど幅広い。
(1と(2は同じような意味ですが、レシピの違いということです。ほら、癒しの風とヒーリングの違いを書きなさいとか言われても書けないでしょう? そもそも癒しの風ってなんだよ、ヒーリング的な要素を風に載せて運んでいるだけじゃないのかと。それヒーリングじゃねーかと。お前癒しって言いたいだけちゃうんかと。

 ルーミアが上記のどれなのかは判りませんが、どれも当てはまるとは思います。個人的には、(2を推したいところ。周りの光を食べてるから、ルーミアは人間を食べなくても良いんだよ的な解釈です。人間を捕らえて食べるのが面倒くさいから、周りにある光を食べて生きていくことにした。そんなルーミアもありかと思います。

05/27|ルーミアコメント(2)トラックバック(0)TOP↑
紅楼夢の応募締め切りが迫ってきていたらしいです。
申し込みにはあれが必要です。サークルカットが……。
そういうわけで、絵の描けない私は、去年に引き続き悪あがきすることにしました。

ルーミア人形繰り

動画じゃないです。
アニメーションが作れるほどドット絵を知りません。

「ルーミアが人形操ってたら良いじゃん」という声が聞こえたんだ。

05/25|ドットコメント(2)トラックバック(0)TOP↑
このブログを毎日見るような人には、たぶん、無縁です。
情報は少しずつ更新しています。
どうも希望者と時間が合わないようだ。
縁がなかったのだろう。

05/23|日記コメント(14)トラックバック(0)TOP↑
 気が向いたので(当たり前)、母親と一緒に食事を作りました。当然のように、母親の口からはこの一言が出てくるわけです。「ありがとう」、と。私には、礼を言う気持ちがよく理解できません。だって、やりたいことをやっているだけなのですから。といっても、私が礼を言わない人間なのではありません。礼を言われたくない人間なだけです。

 どういう時に礼を言うでしょう。2つ考えつきました。1つは、つい口に出るもの。2つは、演技。
 前者は、反射的なものです。自分が尻餅をついたとしましょう。そして、手を差し伸べられたりすると、つい「ありがとう」と言ってしまいそうです。
 後者は、心の中で、『ここはお礼の言葉を言っておいた方が良いな』と考えた出力結果です。ペンを落としたとします。拾おうとしたら、先に拾われることがあります。こういう時に、「ありがとう」と言います。

 感謝とは何か。『想定外に事態が好転すると起こる行動』だろうか。

05/22|エッセーコメント(0)トラックバック(0)TOP↑
 図書館に行きました。休館でした。あらー。

 道中に、2つ、印象深い出来事がありました。印象深いってのは、記憶に残っている、という意味です。1つは、この時期はカラスの巣立ちではなかろうか。2つは、昼に幻想的な光景を見た。

 堤防沿いに自転車を走らせるのですが、ゴミが散乱しています。そこにカラスがよく居られるのです。通るたびにカラスを観察します。カラスで一本お話を書いたときに、適当にカラスについて調べたので、なんとなく愛着が湧くぐらいには好きです。それで気づいたのですが、いつもと違う顔ぶれが居ました。
 良い表現をすると、あどけない顔、心地よくない表現をすると、アホ顔。そんなカラスが居ました。また、近づいても逃げない者、離れているのに逃げる者、逃げようか戸惑う者、経験不足かと思われる個体が多く観察されました。
 とか考えてたんですが、一般的に巣立ちはまだ先のことなんですよねぇ。今日見た、あいつらは、なんだったんだ? 明らかに成鳥と思われる個体より小さかったんだが。カラスは体が大きくなるのが早いはずだから、まだ一歳ぐらいの若い個体とも考えにくい。認識が間違っているのかな。

 近くに植林されたと思われる木(10mぐらい)が立ち並ぶ道があります。道といっても、先の話と同じ堤防沿いなのですが。その木達が、葉っぱという葉っぱを手招きするかのように揺らしているのです(大げさ)。たぶん、昼頃だったので、光合成するための手段だったと考えました。しかし、帰り道、15時頃でしょうか。その時間には、もう葉っぱは動いていませんでした。
 あまりにも綺麗に葉っぱが動いていたので、つい見惚れながら運転してしまいました。見る限り、八割ぐらいの葉っぱが、風で揺れるには不自然な動きをしていたのです。実に幻想的でした。

05/19|日記コメント(0)トラックバック(0)TOP↑
 考えてみれば当たり前。でも、気づかないもの。黄昏の賢者だって言っているように、無知の知が一番の敵です。

 レベル1の者は、レベル1の者と闘うのが相応しい。レベル10の者は、レベル10とも闘えるが、レベル1とも闘える。
 目標となるモノを見つめる。こうなりたいと願い、そうしてみる。失敗する。できないのはなぜか。低レベルの者は、低レベルな事しか成せないからだ。

 アンダを設定することはできる。見えるからだ。オーバは設定できないと思う。見えないからだ。
 想像することはできる? ならば、そうすれば良い。想像をなぞる。簡単なことじゃないか。
 きちんと想像できるということは、力が足りている証拠だと思う。小説も、絵も、同じことだ。

05/14|エッセーコメント(0)トラックバック(0)TOP↑
 ネトゲ廃人です。起きている時間の八割ぐらいが、ログイン時間であると思われます。そのような状態ですが、危険という自覚は余りありません。精々二割ぐらいです。なぜ、未だにニートなのに、危機意識がないのか。説明の必要はないと思います。一応、判らない人用に、「俺だから」と書いておきましょう。
 むしろ、二割も意識しているのか、という疑問があるかもしれません。これは、どうしても排除できない部分、つまり、客観的意識です。起きている事だけを観察するならば、危ないと思うでしょう。例えば、知らない人が崖から落ちそうになっているような状態です。おっと、これも説明は蛇足でしたね。

 ゲームは面白い。最近やっている三国ヒーローズを例に挙げるなら、アイテムの蒐集、仲間の育成、シナリオの進行、などがある。どこから湧いてくる気持ちかは判らないが、面白いと感じる。これは特に問題ない。
 効率の良いステージがある。これは、一日につき四回といった具合に、回数が決められている。このステージを終わらせると、効率の悪いステージでレベルを上げることになる。それは嫌(無駄)だから、効率の良いステージだけをプレイしている。しかし、面倒くさく感じている時でも、この効率の良いステージだけはプレイしてしまう自分がいる。

 楽しむ為にレベルを上げようとしている。アイテムや仲間の蒐集、シナリオの進行を早めたい為に、効率の良いステージをプレイする。だが、早く先を見たいという欲求が、プレイを急かし、強要し、ストレスとなる。楽しむ為にプレイしているのではあるが、ストレスは溜まってしまう。ゲームを楽しむという点では、効率の悪い作業と言えるだろう。

『やりたいこと』は、『やる』ものであって、『やらされる』ものではない、ということだろうか。例え、対象が自分であったとしてもだ。
 こういう思考も、自然と浮かんでくるものだ。流れに身を任せるのが一番楽だということだろう。これは、様々なものに当てはまる。

 さて、苦と楽、どちらを取りますか?
 その選択は、本当に、良いものですか?

05/12|エッセーコメント(0)トラックバック(0)TOP↑
 毎日、眠れない夜を送ろうとしている正面戦士です。考え事をしていると眠れないという意味で、不眠症なわけではなく、考え事はある程度自発的なことから能動的に書いてみました(不眠症は能動か?)。

 夜には限りません。私が寝る前、布団に横たわった時が、一番活発に働いているというだけです。いきなり何の話だろうか。実は、思考をある程度進めていくと、突然身体がビクッと震え、一瞬何もかもが操作不能になるようです。ところで、ブログで「実は」を使うと、打ちのめされた気分になりませんか。
 例えるなら、脚気審査(膝を叩いて脚が上がるか試すもののはず)の反応を、背中を中心に波紋し、身体が折れ曲がる。または、何かに驚くと反り返りますが、それを折れ曲がりにしたもの。どちらにも言えることは、反射行動だろう、ということです。

 これは、だいたい考え事をしているときに起こります。特に何もせず反応だけの生活を送っていると、起こることはなさそうです。何もしていないというのは、考え事をしていないという意味で、つまり、覚えていないというだけの可能性もあります。ただ、唐突に身体が痙攣するといった症状を、持っている人間ではないことを訴えたかったのです。

 なぜ、こうなるのか。とりあえずの答えはあります。『防衛機能であり、これ以上考えてはいけないという反射行動』。直感的に思いついた答えですが、これに行き着いた道筋は想像できます。何故かというと、身体が震えるときは、たいてい危ないことを考えているからです。危ないこととは、一般的には、道徳や常識、法律といった物差しで危ないと判断するような事柄。
 これは、つまり、『自分に害を及ぼすであろうから、これ以上探らせない』という行動であると思われます。いわゆる、破滅思考系が引き金になるように思えます。

 よく話す人に聞いてみても、「判らない」、と言われた。私だけではないと考えられるが、ここを読んでいる人に当てはまるかは、期待できない。つまり、記事としてはかなり下のレベルであると評価できよう。

05/10|エッセーコメント(0)トラックバック(0)TOP↑
 相変わらず三国ヒーローズをやっています。
 なぜ、こんな出だしなのか。それは最近、ゲームをやりすぎて、1日に1つ2つしかブログの記事になりそうなことを考えていないからだ。ネタがあるなら毎日書けよ、と言われるかもしれないが、今のところ趣味のブログなのだから仕方ない。こう書くと、不思議と納得してもらえるだろうか。

 タイトルで疑問を投げかけていますが、存在すると思います。終了。

05/09|エッセーコメント(0)トラックバック(0)TOP↑
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