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数年前どこかの月姫的なサイトでやってた事をまねてみようと思う。
一日一つ、キャラクター同士のちょっとした会話を書くというもの(多分)
そんな小さい会話を集めれば、小説のネタにもSRCのネタにもなる……かな?

以上、説明。ぱーと1はここ ぱーと2はここ
書いたお話に対する自分のコメントは削除しています。
下に行くほど古い物です。

全53話

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04/30|小説コメント(0)トラックバック(0)TOP↑
本日からニートになりました。
職場が潰れたのです。
良い経験はできたのですが、次に活かせるかどうか。
転機というわけで久久の日記でした。

04/30|日記コメント(0)トラックバック(0)TOP↑
 小説を書くにあたって、一番のネックがキャラクタの会話で、次が行動です。他の要素、地の文やシナリオ構成などは、練習次第で何とかなると思われるので、そういう点では問題にはなりません。

 私は、小説や小話で会話を書くとき、キャラクタに話させています。でも、これでは駄目だと考えています。
『話させる』とはどういうことか。プロットの流れに沿うように書く、または、話させたい内容を書くわけです。例えば、パロディとして名シーンを東方キャラクタに演じてもらう。これは、だいたい『話させる』ことになります(100%ではない)。
 これの何が駄目なのか。それは、多分に『私』が混入することにあります。このキャラクタならこう話す・返すだろう、こういう行動を取るだろう。そう考えること自体は良いのですが、あくまでこれらは、『私』の観察による結果なのです。

 では、理想はどうなのか。観察ではなく演技によって、書くのではなく描くのが、理想と考えます。つまり、表現自体はさきと似ていますが、こいつはこう考えるだろう、だからこうするだろう、と考えるわけです。

 言葉から始まるのか、キャラクタから始まるのか。
 話から始まるのか、心から始まるのか。
 ただただ日常生活を描きたいという願望は、ここから来ているのかもしれない。

 登場人物の人格を作る。トレースする。これが出来ないことには、私は小説を描けません。

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 私は、『甘え』という言葉の意味を、さっぱり知りませんでした。他人に言われても、「これが甘えなのか。どういう意味なのだろう」、と首を傾げるばかりです。
 疑問に思うだけで、問いかけることはありません。この、『問いかけない』感情の方が気になりますが、今は置いておきます。力不足的な意味で。

 甘えとは――
  人の好意や親切を期待すること。

 人は言います、「甘えるな」と。しかし、『甘える』事自体が悪いことではありません。「お言葉に甘えて」という言葉があるように、相手の好意(厚意)を受け入れることも大事です。
 では、どういう場面で甘えてはいけないのでしょうか。ぱっと思いついた使用場面は、引きこもりやうつ病の人にそうでない人が言ったり、仕事に嘆いている部下に上司や同僚が言ったりです。
 つまり、「甘えるな」と言う人は、「俺はできているからお前もできる」、もしくは、「これが普通だからこうしろ」と言いたいように見えます。これらはあくまで私のイメージなのですが、押し付けるような言葉だと感じます。人間は一人一人違うものです。極論ですが、手が無い人に「飯を食べるには箸を持て」、なんて言う人は居ないでしょう。

 ただ、相手が同じ造形をしているように見えると、自分を投影しがちです。ようは、人間は主観でしか物を語れません。相手をろくに理解していないにも関わらず、「甘えるな」と言う前に、好意を見せてから判断するのも良いかと思います。
 手段としての、突き放す意味での「甘えるな」なら、私は肯定するでしょう。

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 よく知らないことを、知っているように話すこと。これは、能動的にも受動的にも、経験があることと思われます。

 知ったか振りをするとき、2つの状況に分けられます。それは、意識したか、意識していないか。前者は、知識を大きく見せようと見栄を張ることです。判らないけど語る、という状況です。後者は、知らないという意識はありません。会話や文章を書く際に、自然と出てくる、という状況です。今回のお題は後者です。

 ポリゴン(polygon)、ジェット(jet)、要素、法則、これらの単語を知らない人は、たぶん、居ないと思います。そしてもちろん、知っているのだから、会話で使うことはできるでしょう。つまり、自分の文法に組み込むことが出来るはずです。しかしこれは、何となくのイメージ(抽象)で使っているだけで、限定した表現になっていません。相手が意味を把握できなくて、「●●って何?」と聞かれたら、すぐには答えられない方が多いでしょう。

 たぶん、言語学や心理学の分野のお話です。知らない言葉に出会って、その意味が判らないとき、きっと、文の構成からその言葉の意味をおおよそ把握するのでしょう。他人の文化を自分の文化として取り込むわけです。でも、それでは困ることもあります。

04/29|エッセーコメント(0)トラックバック(0)TOP↑
 近頃、ルーミアカテゴリを騙る東方エッセーが多いように思われます。今月は、流れ的にしょうがない。うん、しょうがない。

 ルーミアのことを考える場合、2つの視点があります。
 1つは、パーソナリティについて考えること。能力について、リボンについて、どんな妖怪か、などなど。
 もう1つは、幻想郷に居るルーミアを見ること。霊夢とルーミアが話すとどうなるかといった、おおよそ他者と関係する事柄です。

 前者については、7割ほど考えた感がします。まだまだ足りていませんが、書くほどでもないようなことばかりに感じられます。例えば、リボンの推測を幾つか挙げたことがありました。あれは、あくまで挙げただけであり、私の幻想郷においての正解ではありません。というより、正解をまだ決めていません。これらを決めることが残る課題であり、これこそがパーソナリティについて考えることなのですが、「私の設定です」なんて書くのも味気ありません。

 一応、今回の主題は後者です。
 少し考えてもらえば判るのですが、この内容は、ルーミアに注目するというだけで東方のエッセーなんですね。ルーミアがどう生活しているか、という内容だって、幻想郷のお話です。こんな感じで考えていくと、どうも、他のキャラクタのことも考えないといけなくなります。
 ルーミアだけ特別視する時代は終わるというのか……!

 個人的意見としては、よく今までルーミアだけで押し切ってたなぁ、というところ。

04/27|ルーミアコメント(0)トラックバック(0)TOP↑
 パート4です。今回でまとめとなります。

 今回のテーマは、『思考方法』でした。考えるとは、どのようにして行われるのだろうか。そんなことを考えていました。
 一応の結果が下のもの。

0.記憶
1.展開
2.発想
3.計算
4.判断
5.創造
6.記録
7.文化

 記憶から始まり、文化で終わるということ。追記によく判らない説明(独白?)を書きます。

04/27|エッセーコメント(0)トラックバック(0)TOP↑
何か意図があって更新を休んでいたわけではなく、ゲームをやっていました。
日常生活に支障が出るぐらいにどっぷりと。
三国ヒーローズという、数日前にはじまったオンラインゲームです。

ハマルだけじゃ悔しいので、何故そうなったのかを考えてみました。
しかし、どうも納得のいく答えが浮かびません。
一応、一つだけ。

ゲームというのは、ミニゲームの集合と捉えることもできる。
ミニゲームとは、手軽にでき、ある程度の快楽を得ることができるもの。
村人に話しかけるとか、戦闘とか、あれらも一種のミニゲームである。
しかし、これは普通自覚はしない。する必要もない。
だが、三国ヒーローズは正にミニゲームの集合体と自覚できる。
そこがハマル要素なのか?

ばくれつカブトムシとか、ボロドー(だっけ)とフーセン投げあったりとか、ひたすらやりましたよね。
04/25|日記コメント(0)トラックバック(0)TOP↑
 今回はパート3です。
 前回、スカイプが云々と書いたおかげか、一人登録者が増えました。実にアクティブ模様です。

 単なる思考活動は簡単なことです。しかし、理想的な解を得ることや、有意義な活動にすることは難しいです。前者は、計算や判断のミス。後者は、前者の結果による創造物の質が悪いか、記録の失敗です。
 他にもありえますが、とりあえずです。あくまで一視点。

 理想的な解とは、ようは納得のいくものです。自分の考えた結果に納得がいかない事態など少ないですが(思い込み)、条件次第では多発すると思います。それは、問いが難解である、または、明確ではないことによって起こります。
 難解な問いとは、例えば、矛盾した問いです。自分の価値観を壊したい、などと思いついても、一人では高が知れた結果に終わるでしょう。明確な問いとは、一見難解な問いに見えても、求めているものは実は単純なものである(屈折した見方や何を求めているかはっきりしない)、ということが挙げられると思います。お話を見終わって、何となく納得がいかないことがあったとします。この何となくを明確にしてお話を見直せば、だいたいは解決すると思われます。これはきっと、明確な問いだと言えるでしょう。
 理想的な解を得ても、振り返ってみると変な解だった。そんなことはよくありますが、考えた時点では「良し」としていたのです。これは計算や判断のミスではなく、文化の変化と捉えていますので、今回の話からは外れます。

 有意義な活動とは、得るものがあることです。先ほど、「創造物の質が悪いと無意義」という感じに書きましたが、正確には、「まず有意義であると信じないことには無意義」です。何かに挑戦し、初心者の頃は駄作を次々と作り上げます。これはきっと、作品としては限りなく無意義ですが、練習という意味で有意義でしょう。
 しかし、これだけで有意義とは言えません。何かを得ても、紛失しては、無いも同然です。創造物を歪曲して覚えた場合には、価値が落ちる可能性があります。きちんと記録することも大事です。
 この記録に関しては、慎重にゆっくりと思考をすることや、保存方法を決める、といった『何となく』な解決方法しか浮かびません。

 私は重要なことを考えついても、すぐに忘れてしまいます。きっと、記録することに、使うことに価値を見出していないからでしょう。困ったものですね。
 3日前には書き上げていたのに、公開を忘れていました。困ったものですね。

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 スカイプを導入してみました。会話をするのが苦手なので、練習に良いかもしれない、と思ったのです。メッセンジャもですが、登録や不意打ちは歓迎しております。
 上記は前振り(この使い方は公式じゃない様子)と言い訳の文章でした。前回の記事、本当は、もっと書くことがあったんです。しかし、いざ書こうとしたときに、スカイプ通話をしてしまって(3時間ぐらい)、やっつけで仕上げてしまいました。
 しかし考え直してみると、量が多いので、分けて記事にすることにしました。今回はパート2のような位置づけになります。

 他者の文化を取り入れる。他国の影響を受けようとする日本、と考えると判りやすいかもしれません。これが大事なことである。そう考えています。なお、他者と表現していますが、対象は人に限りません。動物や書物、妄想など、おおよそ何でもありです。
 考える際に、もっとも重要なのは、先入観(または思い込みや固着観念)です。これは思考の飛躍や偏り、堂々巡りを引き起こします。何も悪いことばかりではありませんが(とはいえ先入観は悪いイメージの単語ですが)、困ることが多いです。この困ることを解決する為に、先入観を変える為に、他者に頼ることが近道となります。


 こういう意味でも、人脈は合った方が良いよね。

04/17|エッセーコメント(0)トラックバック(0)TOP↑
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