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 久しぶりに長文です。

 里はどうなっているのか、どんなところかを想像するとき、博麗大結界(以後、大結界)以前まで時を遡らなければならない。なぜか。今の里には、新しい血(人間)が入ることはまずなく、入ったとしても大きな影響はない。幻想郷の、里の礎が変わることはない。それはつまり、大結界で幻想郷が隔離された時点で、里はある程度自立できていることを示す。自立とは、輸入や輸出に頼らず、それまでの体制を不満がでない程度に維持・発展できることだ。
 里だけで(妖怪も含めれば幻想郷だけ、となるが……)維持・発展できるとはどういう状況なのだろうか。そして、その状況はどのようにして成ったのか。なお、この記事はこれらの疑問を解決しない(できない)ことを先に述べておく。
  ※補足
 神隠しに遭った人間が幻想郷に住み着くことがあるようだ。しかし、それによって技術的、文化的な革新が起こったという記述は見当たらない。
 里の礎が変わる可能性は、厳密にいえばある。しかしこの記事はたいへんいい加減なものなので割愛する。

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07/06|東方Projectコメント(0)トラックバック(0)TOP↑
 東方三月精で霊夢がタラの芽の天ぷらを作っています。ふと、天ぷらは時代的にどうなのだろうと思った。油についても少しだけ。全体的には簡単に書きます。

 天ぷらがどう広がったのかは別として、江戸時代には庶民も食べられる程度のようだ。幻想郷は明治時代に隔離されたのだから、霊夢が知っていても何の問題もない。
 材料はどうか。タネは適当に、卵は大丈夫だろう。小麦粉は製造方法は知らないけどきっと大丈夫。残るは油。油はそれなりに高価なものだけれど、入手不可なわけではなさそう。ただ、そう簡単に作れるものでもないので里に油屋があるということだと考えられる。

 こういうことを考えていると、里がすごい万能都市に思えてくる。信仰の力で、ある程度安定して自然の恩威を受けられるからだろうか。

07/05|東方Projectコメント(0)トラックバック(0)TOP↑
 宗教についてかじる、というより味見程度の知識を得て、東方Projectの魔法使いと連想をした。これから述べることは、どこまでも素人考えであり、かつ私の願望が込められている。

 政治的、社会的な視点は、ある程度排除している。また、考え方(あるいは視点や捉え方)という意味で、宗教と哲学を同列に捉えている。

 世界には数多くの宗教がある。ユダヤ教、キリスト教、イスラーム、仏教など。哲学にも様々な分派がある。ミレトス学派やストア学派など。これらは、どう生きるべきか、どうすれば救われるかの指針を示すものだ。指針とは、例えば、禁欲しろというものや、快楽を求めろというものがある。
 どう生きるべきか。それを宗教や哲学はある程度語ってくれる。しかしそれは、言葉や行動であるがゆえに、万人に100%伝わるものではない。神に祈りなさいと言われても、どういうのが祈りなのか、どう祈るのか、人によって違うだろう。抽象的な、または普遍的な『祈り』はあるだろうが、やはりどこかはオリジナルになるだろう。オリジナルなのは、例えば、膝の角度かもしれないし、呼吸の仕方や祈る内容になるだろう。

 教えによってゴールは違う。神による救済だとか、輪廻から外れるとか、何かを悟るとか、それぞれである。これは個人が何を求めているか、どこにたどり着きたいのかということだと考えられる。善く生きることがゴールだと思う人もいれば、解脱がゴールと思う人もいるだろう。
※ゴールといっても、終着という意味より目標の意味が濃い。その先を想像できないから、とりあえずゴールと書いた。

06/26|東方Projectコメント(0)トラックバック(0)TOP↑
 今回は手短にいきます。

 すごい、すごいいまさらなんだけど、ほんとうに、うん。
 種族としての人間と魔法使いの違いは、食事を物に頼るか魔力に頼るかの違いなんだな。

 違うことを書こうとしてたんだけど、これをさきに書いておきたかった。

06/24|東方Projectコメント(0)トラックバック(0)TOP↑
 東方Projectの二次創作において、何が一番難しいだろう。それは、日常生活(以下、日常)を描くことだと私は思う。キャラクタの設定、世界の構成、弾幕ごっこ、人間や妖怪などの種族観、様々な難しい要素がある。その中でも、日常を難しいとした理由は、想像で補いにくいからだ。

 妖怪や世界などの、いわゆる非現実的なものは、元が想像であるから想像で補完するしかない。では、日常を想像だけで補完できるだろうか。時代設定が現代ならまだしも、幻想郷は、一世紀ほど離れた時代である。時代が違うだけで、いろんな常識が変わる。そのギャップは簡単に埋まるものではない。
 幻想郷は、具体的な地理や環境などは明らかにされていない。ここは想像で補う場所だ。これらの条件設定を施し、そこから導かれる世界を描かなければいけない。

 人によっては簡単に見えるだろうか。私には台所1つ描くこともできない。里の一般家庭で、電気やガスがない台所はどうなっているのか。薪に火をつける、台所の様子、どういう形態で食べる。
 ありがちな回答をしてみよう。火打石や不思議な力で火種を作って料理をする。料理したものはちゃぶ台に運んで家族で食べる。
 しかし、時代によっては、調理せずに食事することもあるし、家族で食べるという習慣がなく近隣住民揃って食べるということもある。乾物や漬物なども知識がないとさっぱり判らない。狩猟の方法や獲物の血抜きの方法など判るものか。

 台所空間学―その原型と未来という論文チックな本を読み始めてすぐに思ったことを書いてみた。

06/17|東方Projectコメント(0)トラックバック(0)TOP↑
※注
 東方Projectに関する考え事の記事であり、科学的な何かではありません。

06/13|東方Projectコメント(0)トラックバック(0)TOP↑
 改めて小説の続きを書こうと思い、キーボードに指をのせる。何を書こうか思考、動かない指、諦める。主な原因は、自分の中の幻想郷が不明瞭すぎるということだ。物語を考える。こいつがこうならこうなるだろう。あれ、こいつはどうする。どうなる。考えたことなかったな。考えよう……、という具合に小説から思考が逸れる。いい加減むかついたので、逐一疑問点を潰していくことにした。
 今までこうしなかった理由は、体力が持たないだろうという予測。身体邪魔。特に手と足と腰と頭と眼。ほぼ全身じゃないか。
 注意。これは東方について書きなぐったものであり、読ませる主旨のものではない。もし読むのであれば、ある程度の配慮もなされていない記事であることを覚悟することを推奨する。

06/04|東方Projectコメント(0)トラックバック(0)TOP↑
 内容は東方というよりエッセー。対象が東方以外に考えられなかっただけである。

 最初に、ある程度の誤解を排除しておこう。この記事の内容は、私の考える二次使用・二次創作である。明確な定義を私は知らない。そもそも定義があるのだろうか。

06/02|東方Projectコメント(0)トラックバック(0)TOP↑
 霊夢の勘や幸運とは、一体なんなのでしょうか。
 ありがちなネタです。過去に書いていたかもしれないぐらいありがちです。主人公ネタやボスネタは目立ちますからね。
 そうそう、読む前に1つの注意ですが、霊夢について深く考える記事ではありません。思いついた回答をご紹介するだけの記事です。
 彼女について考えだすとやばいので自制気味にしています。どのキャラクタよりも魅力的で深いことが考えられるからこそ、避けます。考えたところでルーミアの上位に立つことはあり得ませんが、たぶん、欄外の存在になる予感がします。これも能力がゆえか、とか皮肉なことを。

 霊夢は勘が良いことは常識(ですよね)となっていますが、りあえず、勘についてのソース。紅魔郷で湖に向かった理由が勘です。妖々夢で冥界へ向かった理由が勘です。永夜抄で竹林の中で迷わずにたどり着けたのは幸運(紫談)です。たぶん霊夢の勘がすごいことは明らかでしょう。
 勘は能動的、幸運は受動的なものと考えています。
 勘は、今まで積み重ねてきたことから導かれる行動です。「本当に何も無いところから答えを導いたら、それは勘ではなく、超能力だ」、といった言葉もあるぐらいです。
 幸運は、運命だとか宿命だとか、知りえない因子が関わるもの。
 ここまで書いてなんですけれど、勘と幸運って全然似てない単語ですね。なんで説明してるんだろう。

 霊夢の勘の正体でした。抽象的な表現になりますが、頭が良いということ。ただ、それを自覚していない(またはそのように見せている)というだけです。考えるまでもなく頭が回る、これは正に天才ですよね。解釈を広げると、体術がすごいのもこれが理由になります。


 なんで頭が良いのか。これに対する解釈を書こうとしてたのですが、書いちゃだめだ。
 今回は珍しく思うがままに書いてみました。読みやすいだろうか。読みにくいと思われる。理由は略。
03/23|東方Projectコメント(0)トラックバック(0)TOP↑
“宗教”とは何らかの超越絶対者を、あるいは神聖なものに対する信仰だ。神とか仏像とか神棚に対する思いが信仰であり、“宗教”である。一般的に、何かを信じている方が安定するのだから、“宗教”は大事なものといえる。人間は言わずもがな、妖怪の山の妖怪も、東方風神録で「つまらなくなった」、と言っている。

 常識で指す“宗教”、キリスト教や仏教を信じていない、いわゆる無宗教と表現される人が増えていようですが、無宗教な人でもだいたいは何かを信仰しています。極端な表現をすると、『突然の雨に対し、運が悪い』と思うだけでも“宗教”と表現することはできます。本当の無宗教とは、文字通りの自分しか信じていない、と思っている人のことです。つまり、何事の結果も自分の起こしたモノだという考え。

 さて、幻想郷の人間たちは“宗教”を持っているのだろうか。ある程度は安定しているということから、宗教を持っていることは間違いない。では、信仰対象は何か?
 絶対者ではないにしても、周りには人間から見て超越者がいっぱい存在する。しかしそれは、そのまま逆から見れば、絶対者は存在しないとも言えることになる。
 例えば、収穫祭には穣子をゲストに呼ぶそうだ。これは“宗教”だろうか。上で書いた“宗教”の定義からは外れることになるから、“宗教”とはいえない。では、それは何か、と問われれば、親交であり信仰である。これは“宗教”ではなく、宗教である。つまり、幻想郷での宗教の定義であるということ。

 幻想郷においての宗教を判りやすく表現すると、『親交宗教』ということになる。

02/16|東方Projectコメント(0)トラックバック(0)TOP↑
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